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中国の死刑制度に「刑罰とは何か」を見る [死刑制度]

今日、中国で一人の元高級官僚の死刑が執行された。
649万元(約1億円)のワイロを受領した他、ニセ薬品を承認した罪で死刑判決を受けていた鄭篠萸(前国家食品薬品監督管理局長)である。今年5月末に1審で死刑判決が出され、6月22日に控訴が棄却されたことで、死刑が確定していた。
今回の執行は中国においても異例の早さである。また判決自体も、中国国内で驚きを呼んでいた。他の高官による汚職が1億元(約15億円)を超える事件も少なくない中、汚職官僚への死刑判決は減少していたからである。汚職額649万元での死刑判決は、極めて異例のものであった。

この判決と執行について考えてみたい。まず一環して言えるのは、中国政府は明らかに、この事件を一種のサンプルとして「見せしめ」にしていることだ。
まず判決である。この事件が発覚する前から、中国国内ではニセ薬品・不良薬品の被害が大きな問題となっていた。また、時を同じくして、国外からも食品や医薬品の安全性についての批判が徐々に高まっていた。内政でも外交でも、中国製の食品・薬品の安全性に対して疑問が投げかけられ、強い非難が飛び交っていたわけだ。
そんな中、食品・薬品の認可を担当する任務にあった男が逮捕される。汚職だけではなく、見返りとしてニセ薬品の承認まで行っていた。政府にしてみれば格好のスケープゴートである。国民からしても、強い憎悪の対称だったのかも知れない。
だからこそ、異例の死刑判決だ。
中国政府は、国内外の市民に「私たちは安全性を大事にしてますよ。それを破るような人間、汚職する官僚は厳しく罰しますよ」とのメッセージを、そして官僚には「汚職したら、場合によっちゃ殺すぞお前ら」という脅しを、死刑判決を出すことで示したと言えるだろう。
そして、今日の執行。日本でも、中国産のうなぎが問題になって以降、急激に「中国産の食品は危ない!」的な報道が増えたなと思っていた矢先である。そして執行と同じ日に、政府5部門が異例の会見を行い、いずれも輸出食品の安全性を強調した。1つの執行と5つの会見をトータルに見れば、中国政府のメッセージは「薬品の安全を脅かすような奴は、殺してでも厳重に処罰します。私たちはそれほど安全性を重視していますよ。だから中国産の食品を食べてね」と、そういうことになる。

中国は世界一の死刑大国だ。世界の全執行の90%近くを中国が占めており、アムネスティの調べによれば2006年だけで1000人以上、2004年は3400人の死刑が執行されている。
もちろん、人口が多くて犯罪者も多いから死刑が多いとか、そういうレベルの話ではない。とにかく死刑に対するハードルが異常に低い。今回は汚職と不正承認で死刑だが、他に中国で死刑が適応された例としては、麻薬密売、売春、性犯罪、横領、脱税、ガソリン強盗、有害食品の販売などなど。ちなみにパンダの密猟も、以前の最高刑は死刑だった(現在は終身刑)。
一方で最近、中国の死刑制度には変化があった。中国の処刑方法は、長年に渡って銃殺による公開処刑だった。人権の観点から国際的な非難を浴び続けてきたが、変わることは無かった。
しかし。2008年の北京オリンピックを前に、2007年以降は公開処刑を行わないと宣言している。

私は別に、中国政府がいかに異常かとか、野蛮かとか、そういうことを言いたいのではない。もちろん死刑制度について中国のやり方は世界的に見て異常だし、人間的に見て野蛮だが、今回のことで考えたいのは違う点である。
それはつまり、「刑罰は国民のものでも被害者のものでも無く、国家の占有する道具である」ということだ。一人の犯罪者を糾弾することで政府が非難を逃れたり、一人の犯罪者を厳罰に処すことで内外に政府の態度を示したり、刑罰の方法を変えることで国際社会からの承認を得ようとしたり、そういった政治的な道具として刑罰は有効なわけである。
「刑罰」という制度そのものが、「うちらの国は何をどの程度許さないのか、という価値規範の表出」であるから、これは別にどの国でも同じことだ。
私が「被害者のために厳罰を」と口にする人々に批判的な理由のひとつはここにある。
確かに、多くの被害者は厳罰を望む。しかし、国家がその望みを実行して見せるのは、別に被害者のためではない。被害者が殺してくれと言ったって交通事故では死刑にならないし、被害者が死刑はやめてくれと言ったって執行する時はする。現に執行してきた。
結局のところ、選択権を握っているのは、被害者でも遺族でも無く、クニである。
だから「被害者の望み通り、国家が加害者に厳罰を下す」図は、一見すると被害者のために国家が動いているように映るが、そんなわけは無い。言ってみれば、被害者の望みと、国家のたくらみが(少なくとも実行行為において)たまたま合致したに過ぎない。
被害者感情だけに目をやって厳罰化を要求することは、国にとってこれ以上ない、好都合な振る舞いだ。


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