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「極北のナヌーク」に他者との共存を観る [映画]

1922年に放映された「極北の怪異」(極北のナヌーク)は、それまでのニュース映像や記録映像の域を超え、長編ドキュメンタリー映画というジャンルを確立させた作品だ。
冒険家でもあったロバート・J.フラハティが、極北に生きるイヌイットとともに生活しながら撮影。「未発達で野蛮」とされてたイヌイットの生活を通して、彼らの人間性や文化・技術を映し出している。

民族史としても貴重な映像で、情報化が進んだ今観ても驚かされるシーンの連続である。
おそらく本作を見る人はかなり限られると思うので、ネタバレ全開でいくつかのシーンを紹介しよう。
まず冒頭に字幕の説明が入り、撮影を引き上げて帰ろうとした際に「もう一年いるといい 映画になる話もっとあるよ」と引き止められた事を紹介し、「映画は完成させねばならぬことが 彼はわからなかった」と続く。私なんかは、この時点で純朴さに心を打たれてしまった。
そして映像が始まり、まず驚くのは「ちょっと立派なカヤック」程度の船から、ナヌーク一家全員がぞろぞろと出てくるシーンだ。子どもを入れて家族計5人、プラス子犬一匹。その人数がどうやったらあの船に乗れるのか、興味をかきたてられ、その英知に感激を覚える。
何度か漁や狩のシーンも出てくる。
狩でセイウチを捕まえ、ようやく陸に引っ張ってきて解体が始まる。セイウチにナイフを向けるのを観て、正直ウッと思っていると、「獲物は家に持ち帰らない 飢えているから すぐ食べる」と字幕になる。続いて、解体を終えたその場でセイウチを食べるイヌイットたちの姿が映し出される。肉は生。
肉の塊をナイフで細かくしながら食べるのを見て「残酷だな‥‥」とハンバーグは平気で食べる私が思っていると、食べているイヌイットたちの実に嬉しそうで純真な笑顔が映し出される。これがもう、言ってみれば100万ドルの笑顔だ。彼らを残酷だとか思った自分が恥ずかしくなる。
ラストはイグルー(イヌイットの住む雪の家。この建設シーンも感激)で眠る一家の姿でしめくくられるのだが、なんと彼らは、気温0度以下の室内で、毛皮に包まって裸で眠るのだ。このシーンはその前にも出てきて、そのときは「裸で寒くないのか!?」と不思議にしか思わないが、ラストでは印象が違う。観客はそこに、「お互いの肌で暖めあって眠る一家の姿」を見る。

当時、イヌイットは既に鉄砲で狩を行っていたが、フラハティはあえて原始的な狩の方法を撮影した。また、イグルーの中を撮影する際、実際の住居とは別に撮影用の大きなイグルーを作り、半分を壊して撮影した。 おそらくは実際のイグルーだと広さも明かりも足りないので、わざわざセットを作って撮影したのだろう。
こうした手法は、後に「実際と違う」と問題になったが、私はむしろ、その演出にこそフラハティの真意があるように感じる。
知らないばかりに誤解や偏見の対象となる人々を表現するとき、「彼らだって銃も使ってるし、私たちと同じように文化的です」とアピールする事も出来る。だが、フラハティはそうしなかった。
むしろ彼らの古典的な生活の中にこそ、独自の英知や人間性を発見し、「彼らはこんなにも私たちと違う。だからこそ素晴らしいのだ」と言って見せた。 その事にこそ意味があるのではないか。


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「戦ふ兵隊」に勇ましくないなにかを観る [映画]

亀井文夫「戦ふ兵隊」は、昭和14年に陸軍省の後援で製作された国策ドキュメンタリー映画だ。
兵士たちに密着した亀井は、陸軍省の意図に反して軍の実装を映し出し、反戦映画として上映禁止になるばかりか、後に治安維持法違反によって逮捕される事となる。
少なくとも今観ると、なぜこれが反戦映画とされたか少し理解しにくいかも知れない。実際、亀井文夫は「これは反戦映画ではない」とも言っているし、本作を見ても明確な「反戦」というメッセージは伝わってこない。
例えば、銃撃によって敵兵や敵国の民間人を殺すような「残虐」な場面は本作にほとんど出てこない。殺されたり負傷したりする、日本兵士の悲惨な情況も、話としては出てくるが映像には無い。
亀井はむしろ、ひたすらに日本軍の日常生活を映し出し、中国の自然と人民を映し出した。そこに描かれるのは貧乏臭く情けない日本軍の日常であり、戦火のあともたくましく生きようとする中国の人々の姿である。

戦争はたくましく勇ましいものであるとされる。もしくは冷酷で非情なものだとされる。
それは一面においては正しいだろう。
しかし、本作を見て感じるのは、「戦士」ではなく「人間」としての日本軍人だ。彼らは爆撃音が鳴り響く中でも、馬の世話をし、飯を作り、飯の貧しさに不満を覚え、生水を飲んで腹を壊し、水質検査をして危険を回避しようとする。そこには勇敢でも冷酷でもない「フツーの人」がいるだけだ。
特に印象に残るのは、中国軍との遭遇戦のシーンである。表では激戦が繰り広げられ、兵士たちは命がけで戦っているに違いない。そこにはどんな悲惨な光景が広がっていることか。
けれど亀井は、あえて戦場を映し出さない。中隊本部で指令を出す中隊長と、それを受ける兵士たちの姿を延々と映し出す。
指示を出す中隊長は、多くの戦争映画(戦争賛美であれ反戦であれ)に出てくるような、キビキビと指示を出す冷静な態度とは一線をかくす。「あのねぇ」「うん、うん」「じゃあ、えー」などと、ごく日常的な会話のように話が続く。まるで、どこにでもある企業の会議を見るようだ。しかも中隊長は、軍人にとって誇りであるはずの剣を床に落としたり、うっかり忘れたまま外に出たりする。
しかし後方には、とてつもない爆撃音が絶え間なく響いているのだ。このマヌケにすら見える緊迫感の無い指示の数々が、間違いなく人の命(敵国民であれ日本軍であれ)を奪っていく。

そして激戦の末、日本軍が勝利して立ち去ったその場で、生き残った現地の人々はすぐに生活の再建を始める。田を耕し、瓦礫の中から使えるものを探し出し、こどもたちは仕事を手伝い、遊ぶ。
こうした、勝戦国であるハズの日本軍の姿や、敗戦国であるハズの中国人の姿を通して、「戦ふ兵隊」は観客に何を訴えかけるだろう。
それは戦争の悲惨さよりも、「勝ったからどうなんだ」という虚しさであり、戦争が善か悪かというよりも、「情けない戦場の実態」である。

2007年8月15日。62回目の終戦記念日。
凛として勇敢な佐藤正久議員と小池百合子大臣にこそ、観て頂きたい映画である。

<関連>
国民を騙すつもりだった~佐藤正久は議員として不適切、直ちに辞任せよ!
元自衛官佐藤正久参院議員のトンデモ度
佐藤まさひさ オフィシャルページ
KOIKE Yuriko 2007

戦ふ兵隊
日々是映画「戦ふ兵隊」
ガーダ -パレスチナの詩-


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