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かつての冤罪事件 [司法]

ネット環境が整うまで、テレビも新聞もない環境で大変にヒマだったので、未読の本を読んだ。
「人権を守って」がそれである。著者は私の祖父だが、別に作家やジャーナリストだったわけではない。なんていうか、よくある自費出版の自分史的なアレだ。とてもストレートな書名で、店頭にあれば突っ込まれること間違いなし。
私の祖父は、その生涯を冤罪事件や薬害(スモン病)裁判の救援活動に捧げたカツドーカであった。おかげで収益を得るような仕事は一切せず、祖母が自営業を切り盛りして生計を立てており、今でも祖母は祖父に対して複雑な思いがあるようだ。人権活動はもちろん立派だが、家族にしてみれば良い迷惑であったりもする。
しかし一方で、法律なんてサッパリで、死刑について考えたこともなかった私が、今こうして司法についてあれこれとエントリーを書き、死刑廃止論者になったことを思うと、そこには祖父のDNAを感じざるを得ない。

本書は祖父が亡くなる間際、自信の活動を振り返り、支援してきた冤罪事件を記録したものである。祖父はその生涯を島根で暮らしたため、取り上げられているのはいずれも島根県内で起きた冤罪事件だ。江津事件、石見幼女殺人事件、仁保事件について取り上げている。
とにかく驚くのは、よくもまぁこれで逮捕したな、というほどの警察・検察の荒唐無稽ぶりだ。もちろん、冤罪事件の救援活動を行っていた祖父の立場から書かれているから、その視点は中立的ではないし、相手にしてみれば反論したい部分も多々あるのだろうとは思う。
だが、例えば仁保事件での「拷問」としか表現しようの無い取調べの数々には言葉を失う。
机を叩く、恫喝するのは当たり前。なにかに付けて殴る蹴る、時には投げ飛ばす、下半身の感覚がなくなるまで被疑者を正座させ、尿意も感じ取れなくなって失禁するとまた殴る。食事もロクに与えず、差し入れも面会も禁止し、寝る間もないほどの日程で取調べを行う。更にこの間、弁護士もついていないなどなど、驚くべき情況が列挙されている。
特に衝撃的なのは、冬の夜間、外に連れ出して背中から冷水を浴びせ、うちわで扇ぐ、という通称「バサバサ」が何時間も行われたという話だ。二時間もすると被疑者は気を失ってしまう。
当然ながら被疑者は心身ともにボロボロになり、取調べ中に気を失ったり、耳が聞こえにくくなったり、幻聴まで聞こえる状態になって行く。
こうまで強引な取調べになったのは物証がなかったからで、つまり自白を引き出すことだけが、彼を有罪にしえる要素だった。結局、被疑者の男性は「一言、殺したと言えば(死刑になって)人生が終わる。しかし、言わなければこのまま殺される」との葛藤の中、ほとんど正常な判断も出来ない状態のまま、実際にはやっていない殺人を認める供述をしてしまう。
公判では無罪を主張したものの認められず、一審・二審ともに死刑判決。その後に支援の動きが広がり、広島高裁への差し戻し審で無罪を勝ち取っている。事件から18年後のことだった。

これほどまでの取調べが、今も行われているとは到底思わない。40年前の出来事だ。
しかし、一審・二審で死刑判決が下りながら、差し戻し審で無罪の判決が出たことを考えると、その取調べの過酷さとは別に、まだ司法にとって良い時代だったんだなと感じてしまう。
この事件は、一家6人全員が殺害された極めて残虐なものだ。本書に掲載された現場写真を見ても、その悲惨さには目を覆いたくなる。今の時点で同じ事件が起きたなら、間違いなくメディアで大きく取り上げられ、被疑者は早々に極悪人のレッテルを張られるだろう。無実の主張も、多くの人は「卑怯な言い逃れ」としか取らないのではないか。
まして、事件発生から二審の死刑判決までに12年が経過しており、それだけ時間がたてば、事件に対する世間の認識は動かしがたいほど固定化するに違いない。その状態で、いかに事実認定に無理があろうとも、今の裁判所が無罪判決を出すことは出来るだろうか。私にはほとんど不可能に近いとしか思えない。
いや、この事件は家族全員が殺害されて「被害者遺族」がいないから、それほど盛り上がらないのかも知れない。だとしたら、それはそれで重大な問題である。

<関連>
江津事件
http://gonta13.at.infoseek.co.jp/newpage349.htm
http://yabusaka.moo.jp/goutu.htm

仁保事件
http://gonta13.at.infoseek.co.jp/newpage200.htm
http://yabusaka.moo.jp/niho.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%81%E4%BF%9D%E4%BA%8B%E4%BB%B6

<関連>
富山冤罪事件
冤罪について


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コメント 3

愚樵

sasakichさん、お帰りなさい。14日復帰で、もう2本記事をアップですか。頑張りますね。

お祖父さんのお話、ご家族にしてみれば複雑な思いがあったでしょうねえ。自分の信念に基づいて突っ走るお方のようですが、それで救われた人もいる反面、犠牲(?)になった人もいる。難しいものです。
それもこれも、冤罪事件を始め、世の中間違ったことだらけなのが原因なのですが。信念に燃える人がいないとそうした間違いがなかなか正されていかないというのも間違いのないことでしで。

私のようなヘタレは、「信念のある人には頑張ってください!」 というほかありません。あと、そっと「無理はなさらないでくださいね」と添えるかもしれませんが。
by 愚樵 (2007-09-14 20:14) 

sasakich

愚樵さん

恥ずかしながら(笑)、戻ってまいりました。

>自分の信念に基づいて突っ走るお方のようですが、それで救われた人もいる反面、犠牲(?)になった人もいる。難しいものです。

祖父のやったこと自体は何人もの命を救った(少なくともそれに寄与した)だろうし、非常に尊敬しています。ただ、何事も立派な面だけでは済まないのが世の常で(-_-;
それを知れた意味では、良い家庭環境だったかなと思います(笑)
by sasakich (2007-09-15 17:44) 

今枝仁

情報ありがとうございます。
これからも、有益な情報お願いします。
by 今枝仁 (2007-10-10 21:14) 

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