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冤罪と死刑 [死刑制度]

8月29日の「クローズアップ現代 無実の"死刑囚"124人の衝撃 ~えん罪に揺れるアメリカ~」で、アメリカの死刑制度について扱っていた。
アメリカは、日本と同じく死刑を存置している数少ない先進国である。1/3近くの州では死刑が廃止され、一部には存置しながら執行を停止している州もあるものの、多くの州では死刑制度が現存している。
しかし今、アメリカの死刑制度がゆれている。死刑が確定した受刑者の無実が、相次いで判明しているからだ。DNA鑑定技術の発達などにより、実に124人もの死刑囚が無実であったことが証明され、2ヶ月に一度の割合で死刑囚の無実が証明される事態になった。このことは死刑を存置している州で大きな議論を呼び、執行停止の判断を下す州も出始めている。
今日はアメリカと日本における「冤罪」を通して、死刑制度について考えたい。

◆物証、自白、証言、状況証拠
アメリカで無実が判明した死刑囚のうち、冤罪になった原因として最も多かったのは目撃証言である。例えば、警察が被害者に複数の写真を見せ、「この中に犯人がいるか?」と質問した場合、被害者はその中に犯人がいるに違いないと推察して、確信がなくても似た人を選択してしまう。
このような聞き取り方自体も問題であるが、結局は裁判で目撃証言が過度に評価されてしまうことが誤った判決に繋がるのではないか。実際には無実である以上、犯人だと証明する物証があるはずも無い。それでも有罪判決、ましてや死刑判決が出る背景には、証言や状況証拠、自白が絶大な権限を持っていることが想像される。
日本でも「自学偏重主義」との言葉がある通り、物証以外の証拠(らしきもの)が判決の決め手になるケースは多い。

◆取調べの可視化
冤罪の原因として次に多かったのは、事実と異なる自白だった。取調べの際に嘘の自白を強要されたり、検察にとって都合の良い部分だけが証拠として提出されていた。
取調べの可視化については日本でも必要性が言われており、現在、一部では録画・録音も始まっている。最近では証拠として取調べの録画映像が提出されたこともあるが、これも検察側が自分の主張を実証するために一部分だけを提出する形となっている。
全工程の録画・録音がなされ、弁護側に有利な録画映像も提出できるようにならなければ、アメリカで表面化したのと同じ問題が起こるだろう。
また裁判員制度の導入に当たり、最高検は「任意性、信用性に問題がある自白調書は、疑問を抱かれたときのダメージが極めて大きく、証拠提出しないという選択もあり得る」との方針を打ち出している。検察がこのような姿勢である限り、例え録画・録音がなされても、検察に都合の良い自白だけが採用される情況は変わらない。

◆証拠品の保存
アメリカでは証拠品の保存が義務付けられており、破った場合は罰則もある。そのため、かなり長期間に渡って物象が保存されている。昨今、多くの無実が証明され始めたのも、残っていた証拠を弁護側が再鑑定した結果によるところが大きい。
一方、日本は証拠品保存の義務がないため、「全量費消」としてまったく物象が残っていないケースが多い。そのため、冤罪を疑われている数々の事件に関しても、弁護側や支援者が証拠品の再鑑定・再検証を出来ない状態にある。
物象がなくとも、情況を再現して検証できるような場合もあるにはある。袴田事件で、逃走経路とされた裏口が、実は検察の主張するような施錠状態では出入りできないことが実証されてもいる。
しかし、血痕や薬品など、物理的に「そのもの」を鑑定する必要がある場合、日本ではその手立てがない。いかにDNA鑑定や化学検査が進化しようとも、モノ自体が残っていないのでは鑑定しようがないからだ。

◆上訴の義務
日本では被告が控訴をしないまま死刑となるケースも多いが、アメリカでは死刑事件は必ず最高裁まで自動的に上訴することになっている。死刑が絶対的な刑罰である以上、充分な審議が必要と考えられているからだ。
本人が控訴しないんだから判決に間違いはない、と思われるかも知れないが、必ずしもそうとは言い切れない。冤罪でもあっても、被告人が裁判に希望を持っていない場合には上訴しても無駄だと考えるだろう。また、冤罪ではないが事実認定に多くの誤りがある場合にも、被告人の反省が深ければ、判決に異を唱えることを罪だと感じて上訴しないことも考えられる。

◆代用監獄、長期拘留
日本では、アメリカには存在しない冤罪を生みやすい制度が現存している。その代表格が、いわゆる「代用監獄」である。逮捕された容疑者段階の人が、刑務所と見分けのつかないような刑事施設に入れられ、長期拘留されることは日本では当たり前の光景だ。
しかし、これは先進国の中では日本特有の制度であり、各国の人権団体や国連などからも、再三にわたって改善を要求されている。
拘束され、警察の都合のいいときにほとんど際限なく取調べできる情況は冤罪に繋がりやすい。先日発表された最高裁の報告書でも、鹿児島県議選での冤罪事件について、最大395日もの拘束に至ったことが冤罪を生んだ要因の一つとして取り上げられている。その他の冤罪事件でも、このような「人質司法」が背景にあるケースは多い。

このような情況を踏まえると、日本は残念ながら、アメリカよりも更に冤罪・誤判の危険性が高い国であると言わざるを得ないだろう。99%という世界にまれに見る有罪率の高さにも、こうした背景があることが予想される。
死刑存置論者であっても、冤罪の人が死刑になるのをよしとする人はいないだろう。それにも拘らず、冤罪の可能性が決して低くはない日本で、取り返しのつかない刑罰である死刑が存置できているのは何故か。
ここにはおそらく、死刑を存置させるための条件について、根源的な考え方の違いがある。アメリカでは「充分な審理が尽くされ、信頼のおける司法の元に限って死刑オッケー」なのであり、つまりは条件つき賛成だ。そのため、今回のように司法への不信感が高まると、死刑制度に対する疑問の声が大きくなってくる。
だが日本では、まず警察・検察や国家には無条件の信頼がある。この国には実質、「推定無罪」は存在しないからだ。そのため、無実かも知れない人が死刑になってしまうことよりも、死刑にすべき(と思える)人を死刑にしないことのほうが、世間一般の司法への信頼を落としてしまう。
このような状況下にあって、日本の死刑制度は、存置するためではなく廃止するための証明が求められる、極めて優位な立場にある。

<関連>
クローズアップ現代「無実の“死刑囚”124人の衝撃 ~えん罪に揺れるアメリカ~」
【動画】裁判官を信じられない - 人質司法と自白強要 (1)
【動画】裁判検証ができない-密かに進められる「言論規制」- Part 1

無実の“死刑囚”124人の衝撃 ~冤罪に揺れるアメリカ~
冤罪を生む構造が警察・司法制度にあるとしたら
アメリカの冤罪死刑囚


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愚樵

sasakichさん、はじめまして。

私の書きなぐりの記事とは違い、挙げるべき論点がキッチリと挙げられ、考察もしっかりとなされていると思い、感心して読ませてもらいました。他の記事もいくつか拝見させてもらいましたが、同様の感想です。これからも立ち寄らせていただきます。

あ、ところでこの記事、よろしければTB下さいませ。是非とも。


>死刑にすべき(と思える)人を死刑にしないことのほうが、世間一般の司法への信頼を落としてしまう

まさに、その通りですね。でも、なぜなんでしょう? 民主主義的精神がいまだしっかり根付いていないと言ってみたって、何の回答にもなりません。疑問に思うところです。
by 愚樵 (2007-08-31 20:32) 

sasakich

愚樵さん

来訪&コメントありがとうございます♪
実は大変お恥ずかしい話なのですが、未だにTBの仕方がよく分かってません(ウギャ!) 引用すれば自動的にTBされると思っていたのですが、そうでもないようで。すいません、勉強します。

>でも、なぜなんでしょう? 民主主義的精神がいまだしっかり根付いていないと言ってみたって、何の回答にもなりません。疑問に思うところです。

日本は基本的に法律が「苦手科目」なので、憲法以外の法律が、国家が国民(つまり、うちら)を縛るもので、重罰化がうちらのリスク増加になりかねない、という意識が薄いのかもしれません。
もう一つは、特にメディア報道において、あらゆる犯罪者が「人格のない極悪人」的な扱いをされることも大きいと思います。国家と国民の対比で見れば、犯罪者も国民のうちなわけですが、今の報道を観ていると「うちらとは関係ない異常者が重罰になるのは当然」と思えてくるのは無理からぬことでしょう。
by sasakich (2007-09-01 14:00) 

円

うまくトラックバックできなかったので、コメントします。
冤罪がどうして起こるのか、きちんとまとめられていることに感心しました。
死刑賛成の人に読んでもらいたいですね。
それにしても、メディアや世論の圧力で無実の人が死刑になることに対して、メディアの人は自分たちが人殺しであることをどう感じているのでしょうか。
by (2007-09-02 20:35) 

ヘリオトロープ

とてもよくまとめてくださっているので、ご紹介させていただきました。
by ヘリオトロープ (2007-09-03 01:52) 

sasakich

>円さん

来訪&コメントありがとうございます。
最近は以前にも増して、メディア&世間の圧力が判決に直結するようになって来ているので、メディアのあり方&メディアリテラシーが本当に重要だと思います。厳しい道かもしれませんが・・・・。

>ヘリオトロープさん
いつもありがとうございます!
拝見させて頂きました~。
by sasakich (2007-09-08 14:56) 

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